人を愛するということ
若い頃は、結婚という目的が少なからずあって、理想を求めていなくても、多少打算的な、駆け引きのある恋愛をしがちです。
例え相手が何の愛情を示してくれなくても、自分が好きだからひたすら愛す、ということができますか?
ストーカーのように追い回すわけでもなく、ただひたすら相手の幸せを願うような愛し方は、難しいですよね。
いろいろ苦労を重ね、子どもを育て、自分より大切な存在を知ってから初めて、愛してくれるから、ではなく、自分より大切な存在だから愛する、ということができるような気がします。
生活の保障をしてくれなくても、セックスレスで身体を満足させてくれなくても、いなくなったら自分の一部が欠け落ちたように感じる、自分の命より大切なのが、本当のパートナーだと思います。
自分がそれほどに愛していても、必ずしも相手も同じとは限らないわけで、本当は別の相手を求めているなら、身を引くことも仕方ない、と思うこともあります。
特に女の方が年上だと、日に日に衰えていく焦りが出てきますし、自分のエゴで引き止めてるのでは、早く解放してあげた方が彼のためでは、と悩みます。
一方、信じる愛、というのもあって、彼が必要としてくれること、一緒にいたいと思ってくれていること、愛情表現は下手だけど彼なりに愛してくれている、ということを全て信じて、必要としてくれる限り一緒にいたい、とも思います。
いつまで一緒にいられるかわからないけれど、一緒にいられる限り、彼のためになる存在でいたいと思います。
でも、いつまでも相手にしてくれないから、いつまでも若くキレイでいたい、という努力が報われなくて、ちょっと寂しいですけどね。
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